台風への対応

  • 2012.09.29 Saturday
  • 15:06
じゅげむのアプリが新しくなっているので、こちらから投稿してみる。
大きな台風がやってきている。月曜の朝が心配だったけど、少し速くなって日曜の午後かな〜
登校の対応はメールで連絡がなされる予定
あらかじめ判断の準備がなされていることが大事だと思います。
うちのお頭は自宅から一斉メールを配信します。そうじゃなくっちゃね。この時代。

写真は昨日の青空

道徳教材「青木市兵衛」を残して公開するために

  • 2012.05.08 Tuesday
  • 23:56
先に書いたが、青木市兵衛さん。
県内の道徳教材にあった。
県内で使われている道徳副読本の県内教材として長い間採用されていた。
どの価値項目で扱うかが話題となったのが、懐かしい。
自分は、彼は、実行する際には、自信があったと思っている。それだけの勉強をしてきたからだ。
それを知れば、どんな内容項目で取り扱うかは、決まってくる。

この教材、最近は、採用なくなっている。もったいない。
今でも版権は、県道徳教育研究会にあるはず。

少なくとも地元では暑かってほしいと思う。

そのためには、ネットでいいから、公開したり、授業での扱いを許可したり、何らかの方法で、このすばらしい教材を残したいと思う。

お知恵を拝借したい。


勤務校の地域を知ることの意義

  • 2012.05.08 Tuesday
  • 23:37
久しぶりのBLOG更新だ。

三朝町に長く勤務した。今も思い入れのある町だ。
最初に勤務についたときに、「青木市兵衛」さんとういう地域の偉人を教材にして学習を展開する機会があった。
そのときに、地域を徹底的に学ばねば授業はできないと思った。最初に、頼りにしたのが、「三朝町史」たしか、古いものと新しいものがあり、叙述にも風土記的なものがあり、本当かそうかわからないものもあったが、言い伝えられている内容を理解することはできた。
これを通して、町の歴史や各村のいろいろなことを知ることができたのは大きい。その上で、実際に町を歩き、お会いできる範囲でいろんな人に話を聞いた。もちろん、もっとたくさんの方がおられて聞けばもっといろんなことをしることができたであろうが、なかなかそんな時間は取れない。業務の範疇で出会える方からいろんな話をお聞きした。
それでも、そういう姿勢で向かっていって、授業を行い、その後保護者の方や地域の方といろんな局面でつながりながら仕事ができたことは、とても印象に残っている。

現任校で、それができているかと言えば、そうではない。そうしたいとはおもっているが、なかなかできていないのが現状。模索はしている。書籍や人にあたることが、まずは大事かな。その上で、その教材としての素材価値を考え、どうカリキュラム化していくかということ。

すばらしい素材がある校区である。
まずは、知ることから。
教えてくださる方はたくさんある。

個に寄り添って手厚いとはどういうことか いつ必要か

  • 2012.01.17 Tuesday
  • 21:41
先日のサークルで、低学年こそ、必要であればマンツーマンで、わかるまで教えることが必要だという話で盛り上がった。
算数などでは、中学年や高学年で少人数クラスが設けられることが多い。でも、それは、難しくなってからのあと対応。低学年からこそ必要。また、算数だけじゃない。
低学年の先生は頑張っている。でもやりきれないことが残って、中学年で困ることになる。
やはり、低学年にさまざまなリソースを集中して、指導しきるべきだと思う。


何年か前にフィンランドに視察に行かせていただいた。
驚くことはたくさんあったが、
ひとつに、授業が一人一人に対して手厚いこと。
小さなときから、わからなければ、別クラスに移動してわかるように、指導する。
2,3人から数人のクラスが特設されている。リカバリーのためのクラス。
普通の学級でも人数は少なく、先生の細やかな指導が入りやすい体制が取られている。

先生の指導はやさしくもあるが、かなり的確に厳しく指導される面もある。

個々の力をつけようとしておられるのがよくわかる。

低学年や中学年で、力をつけることの大事さを実感している。
そのためには、そういう体制をとらなきゃだめだと思う。
今までも、先生個人の努力で、やってきた面は大きいと思う。
しかし、それだけでは限界がある。

システムそのものを変えなければ、いつまでたっても変わらない。

フィンランドの教育は、日本では実現できません。では、だめでしょう。

校内研究の研究

  • 2011.12.20 Tuesday
  • 00:38
来年度の校内研究のあり方を模索中。
アウトプットの仕方も考えたときに、校内研究の進め方や、その過程を研究の一部に据えるというのも、ありかなと思うようになった。この視点を生かす方向で考えよう

大マスコミの報道とメディアリテラシー

  • 2011.08.02 Tuesday
  • 23:17
移動の最中に、前述の本を読んだ。

報道災害【原発編】事実を伝えないメディアの大罪
上杉隆・鳥賀陽弘道
幻冬舎新書 840円
リンクは、過去記事に。
私の書くことに関心を持ってくださるのであれば、その、みなに読んで欲しい本。
お勧めです。
ある意味、日本の現状のメディアリテラシーの現状を、正確に書いた本だと言える。
バイブルかも。

タイトルの通り、今回のものは、報道による災害だという趣旨。
70年前の大本営発表を鵜呑みにした過去の反省が生きていない。

メジャーなテレビ・新聞が、機能せず。
政府や東電の発表をそのまま【広報】する機関としてか機能していない。

原発事故が危機的な状況を作っていることを国民が未だ認識できていないという事実。
そのことによって、避けられた被爆が起こっていると言うこと。
今後、この国でどんなことが起こってくるかと考えると、恐ろしくなる。

メディアリテラシー教育に関わってきたが、今回の事象は、本当に思うことが多い。

大マスコミの報道はほとんど、無意味。
信頼できる情報ソースをたどってツイッター等で、情報に当たることができれば、かなり早い段階から危機的な状況は把握できた。子どもたちを避難させることもできた。それを、大マスコミがしてこなかったことが、犯罪的。

昨今、ようやく大マスコミが伝えてきたことが、以下に嘘だったか、みんなが思うようになってきた。
でも、どうしてそうなっているのか、根本的なことが変わらない限り、理解されない限り、変わらないという絶望感に似たものも、本書では感じた。

子どもたちには、多様な情報にふれるなかで、それはほんとうだろうか、なぜそんなことが言えるのか、本当のことはなんなのか、そういうことを吟味しながら、考え判断できる力をつけていくことが、私たちの責務だと思う。

なんてことを考えながら、NHKの会議に参加していたものだから、どんなことをどこまで発言しようかとかなり悩みつつの参加となった。まあ、今回の会議の趣旨に添った発言はしたつもりだけど。

震災後報道と私たちの情報とのつきあい方 一部

  • 2011.05.27 Friday
  • 01:01
震災後、情報の判断に敏感になった。 情報にはピンから桐まであることが明確になった。 ツイッターが最も早くて、結果的に正確な情報源だった。 ネットの情報には、さまざまあるが、結局は自分がどのような情報ソースを持ち信用するかの点につきると思う。 大マスコミの報道はひどかった。 その原因については、また述べたい。 実際の生活に当たって、一番大事なのは、健康である。 原発事故の被害を健康面で考えることである。 実はそれが一番成されていない現状があり、最も心配している。 復興は、健康の次にある。 経済的なことももちろん心配だが、命あってのことである。 その視点が、おかしくなっているのが、とても気になる。 いまの子どもたちの命が大事にされるからこそ、将来の日本も成り立つ。 この点で、危機的である。 何で自分はそんなことを感じているのか。 他の人はそれをどう思っているのか。そのギャップがある。 ギャップを生んでいるのが、大マスコミの報道と、国の情報提供姿勢である。 また、企業とマスコミとの関係も背景にある。 それらのことを理解せずに、普通にテレビや新聞を見ている人から見たら、なんのこっちゃだろう。 本当に心配。 大本営発表だけで来たこの現状。 そのおかしさは、一部のマスコミでも、少しずつ伝え始めた。 受け手の私たちが、もっと賢くならなくてはならない。

限られたリソースは有効に使える人に渡す

  • 2011.04.13 Wednesday
  • 22:35
 一応全教室にICTセットを配付した。
いろんなセットがある。
使う人には、より使いやすい物を渡したいと思う。
ということで、移動を図る。
基本的には、誰にも使えるように整備すること。そのうえで、・・・。
まあ、いろいろ考えるけど、リソースが限られている中では、使う人が使いやすいようにすることかな。


情報発信の姿勢と信頼

  • 2011.04.12 Tuesday
  • 22:31
 自ら情報をどう発信するか、共有するかは、仕事の仕方の姿勢を表す根幹だと思うようになってきた。自分が経験してきた身近な職種であっても、国レベルであっても、同じだと思うようになったので、書いてみる。


自分の目前の仕事ができればよい人は、情報発信はしない。他の情報だけを、もらって、自分が単純にできることだけを知ってそれのみを行う。自分の仕事の成果を人に宣伝しても、その過程は伝えない。根拠を問われれば、逃げる。


自分の仕事を少しでも良くしようと思う人は、耳を傾ける。傾けた上で、良い知恵はみなで共有しようとする。直接に自分の仕事の成果につながらなくても、結果的に、次につながると考えるから。そういう人は、仕事のシステムを、知恵や情報の共有ができるシステムにしようと意識して、仕事をする。


自分はみなのために役立つある目的のために仕事をしていると自覚している人は、情報発信をする。多様な情報を受け止めたり、それらを情報を分析したり、共有したりすることに積極的で、さらに、多方面にそれらの情報を公開し、協力や交流、さらなる刺激を求める。適切に情報発信することは、他からの信頼を得ることを知っている。だからこそ、そういうひとには、次の支援や信頼が集まる。

級外職員が行う学級事務支援業務の具体

  • 2011.04.06 Wednesday
  • 00:24
新年度を迎えた。
数日でいろいろ考えながらやってきたことを整理しよう思う。
そのなかで思い至った。

学級担任の事務や授業の支援、そして学級経営の支援をするのが、級外である。
一部の授業を担当するだけではない。

1 研究推進計画を、スタッフと新しい校長と相談しながら、実効ありそうなものにした。そこでは、学校の運営も考えるし、子どもたちにどう力をつけるかも考える。さらに、職員の力をどう集約するかも考える。その目的とそれに至る道筋をプランすることが大事。

2 担任支援としてできることはたくさんある。その中で、自分ができそうなことを考え得てする。
(1)研究主任として、学級担任の実践を支援する。いろんな面で充実できたり、そのための情報提供や、具体的な支援をする。
(2)学級事務の軽減を図る。
 学級事務で面倒なものがいくつかある。
 自分はずっといやだった。
 月末統計では、出席簿の計算・授業時数集計など。
 学期単位では、学級会計の処理、通知表に表すための成績処理の一連処理。
 そのほかにも、たくさんの事務がある。
 直接、子どもたちに接しながらの指導が本務であるが、それ以外の事務が多い。
 それらの事務は、その実態を担任が分かって処理しなければいけないものだ。
 でも、その過程においては、もっと簡単に処理できるものもある。担任が過程の一部や脚気から、子どもたちの状況を把握したり、それに答えたり、保護者に伝えるべきことを考えたりすることの方が大事。
 ものを作ったり、数字を処理したりするのは、本来の業務ではない。
 餅は、餅屋。
 まさにそう。自分も他の餅屋さんに聞くことは多い。
 トータルで、みんなが幸せになればよい。
 協業ができれば、みんなが幸せになれる。

ーーーーーー以下、続く。お休みなさい。m(_ _)m ーーーーーーー

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